東京地方裁判所 昭和54年(ワ)8271号 判決 1980年5月29日
原告
佐瀬三雄
ほか一名
被告
印旛交通株式会社
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告両名に対し、それぞれ金五五〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和五四年一月一五日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生(以下、本件交通事故という。)
(一) 日時 昭和五四年一月一四日午後零時一五分ころ
(二) 場所 佐倉市大蛇町六四八番地先市道
(三) 加害車 普通乗用自動車(千葉五五あ九一六八)
右運転者 訴外椿正男
(四) 被害者 訴外亡佐瀬貴雄(昭和四八年三月一一日生、以下、訴外亡貴雄という。)
(五) 態様 加害車が横断歩行中の被害者に衡突した。
(六) 結果 被害者訴外亡貴雄は死亡した。
2 責任原因
被告は、本件交通事故当時、前証加害車の保有者であつて運行供用者であるから自動車損害賠償保障法三条に基づく賠償責任がある。
3 損害
(一) 訴外亡貴雄の逸失利益
訴外亡貴雄は、本件事故による死亡当時、満五歳の健康な男子であり、本件交通事故により死亡しなければ、一八歳から六七歳まで四九年間就労することができた筈であり、その間の収入としては労働大臣官房統計情報部発表の昭和五三年賃金構造基本統計調査報告第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者全年齢平均の賃金を基礎として、右期間の生活費は全稼働期間を通じて収入の五〇パーセントとし、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して計算すれば、訴外亡貴雄の逸失利益の現価は金二〇〇〇万円を下らない。
(二) 相続
原告佐瀬三雄は訴外亡貴雄の実父であり、原告佐瀬なを子はその実母であり、訴外亡貴雄の右逸失利益の賠償請求権を法定の相続分に応じ各二分の一づつ相続取得した。
(三) 葬儀費用
原告佐瀬三雄は、本件交通事故により、訴外亡貴雄の葬儀費用として金五〇万円を支出した。
(四) 慰藉料
原告両名は、本件交通事故による訴外亡貴雄の死亡に伴い重大な精神的苦痛を被り、これを慰藉するためには各慰藉料金七五〇万円を相当とする。
(五) 損害の填補
原告両名は自動車損害賠償責任保険金金一五三四万円の支払を受け、各その二分の一を各損害の填補とした。
(六) 弁護士費用 各金五〇万円
4 結論
よつて、被告が原告佐瀬三雄に対し本件不法行為に基づく損害賠償金金一〇七八万円の内金五五〇万円及びその内弁護士費用相当の損害を除く金五〇〇万円に対する不法行為日の翌日である昭和五四年一月一五日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告佐瀬なを子に対し損害賠償金金一〇二八万五〇〇〇円の内金五五〇万円及びその内弁護士費用相当の損害を除く金五〇〇万円に対する右同昭和五四年一月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実は認める。
2 同第2項の事実は認める。
3(一) 同第3項、(一)の事実は知らない。
(二) 同項(二)の事実中、原告らが訴外亡貴雄の父母である点認め、その余は知らない。
(三) 同項(三)の事実は知らない。
(四) 同項(四)の事実は争う。
(五) 同項(五)の事実は認める。
(六) 同項(六)の事実は知らない。
三 抗弁(過失相殺)
被告の従業員である訴外椿正男は成田市方面から佐倉市内方面に向け前記加害車を運転して時速四〇キロメートルの速度(制限時速四〇キロメートル)で本件交通事故現場にさしかかつたところ、信号待ちのため対向車線上で渋滞停車中の車両のかげから、訴外亡佐瀬貴雄(当時五歳)が横断するのを発見し、直ちに急制動の措置をとつたが、間に合わず自車右前部を同訴外人に接触させたものである。
訴外亡貴雄には道路の横断に際し左右の交通の安全を確めず、停車車両の直後横断をした過失があるほか、監護義務者である原告らにも五歳の幼児である訴外亡貴雄に付添わず、単独で自動車の交通が激しく危険な道路を横断させた過失があり、本件交通事故の発生については原告側にも過失があることは明らかである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第1項(事故の発生)及び同第2項(責任原因)の各事実は当事者間に争いがない。
二 被告は過失相殺の抗弁を主張するので、先ずこの点を判断する。
成立に争いのない乙第一号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認められる。
1 本件交通事故の現場は、千葉県成田市(本町交差点)方面から佐倉駅方面に通じる平坦直線のアスフアルト舗装道路で国道二九六号線のバイパスの役割を果しているいわゆる市道海隣寺・本町線の道路上であり、同道路は黄色の中央線で二車線に区切られた幅員六・三メートルの車道(北側の車線幅は三・一メートル、南側の車線幅は三・二メートル)があり、その南側にはガードレールで画された歩道があり、北側には飛石状の不規則な縁石により区切られた歩道があるほか、事故現場付近の見とおしは良好であり、同所の交通規制としては制限速度毎時四〇キロメートル、追越のため右側はみ出し禁止となつている。同所は市街地に位置し、その交通量は多く、事故時の天候は晴天であつたが南側車道端には残雪があつたためその周囲の路面は湿潤であつた。
2 訴外椿正男は、被告印旛交通株式会社の従業員であるが、本件交通事故日の午後零時一五分ころ、事故現場付近に成田市(本町交差点)方面から佐倉駅方面に向け加害車を運転しながら時速約四〇キロメートルの速度でさしかかつたところ、信号待ち等のために渋滞して自動車が珠数繋ぎとなつて停車していた対向車線側の中央線付近(右前方八・五メートル)に停車中の車の間から出て来て横断中の被害者訴外亡佐瀬貴雄を発見し、直ちに急制動の措置をとるも及ばず前方に七・一メートル直進進行したとき、自車前部を右訴外人に衝突させ(同所を衝突地点という。同所は発見地点からは八・六メートル、加害車の進路左端から二・一メートル、中央線からは一・一メートルの地点である。)、同児をはね飛ばして左前方七・五メートルの道路左端に転倒させ、自車を衝突地点から一・六メートルの地点に停車させた。
3 訴外亡佐瀬貴雄は昭和四八年三月一一日生れ(当五歳一〇月)の健康な男児であるが、本件交通事故の前記日時ころ、事故現場から南西方約四、五〇メートルに在る自宅から一人で本件道路北側に在る雑貨屋訴外星光食品に行き玩具と菓子を買つて戻る途中、ガードレールのない北側歩道から車道に出て信号待ちで連続停車している車両(少なくとも一〇台以上の車両が停つていた。)の間を通り抜けて南側にまつすぐ横断しようとしていたところ、前記衝突地点において加害車に衝突された。なお、訴外亡貴雄は前記雑貨店に行くために普段自宅付近あるいは訴外星光食品前の横断歩道を利用していた。
以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定の事実によれば、事理弁識能力を有すると解される満五歳一〇月の訴外亡貴雄には交通量の多い本件車道を(横断歩道が付近に在る。)縁石だけで歩道を画している北側から停車車両の間を通り抜けガードレールの設置されている反対側に渡ろうとして左右の安全を確認することなく加害車の直前を横切ろうとした不注意があるといわざるを得ず、この点は訴外亡貴雄及び原告らの損害額を算定するに際し斟酌するのが相当であり、右過失相殺による減額の割合は五〇パーセントとみるのが相当である。
三 (損害)
1 原告佐瀬三雄本人尋問の結果及び弁論の全趣旨並びに前記認定の事実によれば、訴外亡貴雄は、本件交通事故当時、満五歳の健康な男児であつたことが認められ(他に右認定に反する証拠はない。)、経験則に照らすと、本件交通事故に遭わなければ、訴外亡貴雄はその健康状態などからみて平均余命の範囲内で、控え目に見ても高校卒業後の満一八歳から満六七歳までの四九年間就労し、その全期間を通じて平均すると平均的な男子労働者と同程度の稼働をなし、当裁判所に顕著な労働大臣官房統計情報部発表の賃金構造基本統計調査報告(昭和五三年)第一巻第一表による産業計、企業規模計、学歴計、全年齢平均の男子労働者の給与年額である金三〇〇万四七〇〇円を下廻らない収入を得ると共に、収入の五〇パーセントを超えない生活費を支出するとの高度の蓋然性があることを推認できるのであるから、以上を基礎としてライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して訴外亡貴雄の逸失利益の現価を計算すると金一四四七万五五九二円(一円未満切捨)となる。
(計算式)
3,004,700×(1-0.5)×9.6353=14,475,592.955
そして右逸失利益金一四四七万五五九二円に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると、訴外亡貴雄が取得した損害賠償債権は金七二三万七七九六円となる。
2 原告佐瀬三雄は訴外亡貴雄の実父であり、原告佐瀬なを子はその実母であることは当事者間に争いがなく、前記認定の訴外亡貴雄の死亡に伴い原告らは同人の損害賠償請求権を法定の相続分に応じ各二分の一づつ相続取得したので各金三六一万八八九八円の請求権を有する。
3 弁論の全趣旨によれば、原告佐瀬三雄は本件交通事故により訴外亡貴雄の葬儀費用として金五〇万円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
4 叙上認定の本件交通事故の態様、事故の結果、訴外亡貴雄の年齢及び健康状態のほか、原告佐瀬三雄本人尋問の結果によれば、原告佐瀬三雄は満三八歳、同佐瀬なを子は満三〇歳であり、同人らの間には長男訴外亡貴雄、長女同佐瀬礼子(昭和五〇年六月二四日生)の二子をもうけていたことが認められ、その他本件弁論に顕われた一切の事情を考慮すると、訴外亡貴雄の過失を斟酌しない場合における各原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料はいずれも金四五〇万円と認めるのが相当であり、前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると各金二二五万円となる。
5 原告両名は自動車損害賠償責任保険金金一五三四万円の支払を受け、それぞれ右の二分の一である金七六七万円を受領し、前記各損害項目に充当したことは当事者間に争いがない。しかるとき、原告佐瀬三雄の請求しうべき金六三六万八八九八円の、同じく原告佐瀬なを子の金五八六万八八九八円の各損害賠償債権はいずれもその全額の填補を受けていることとなる。
6 叙上認定の事実によれば、原告らの本件交通事故に基づく損害は既に全額填補されているものであつて、本訴を提起すべき必要性はなかつたのであるから、本件訴訟を提起し追行するための弁護士費用は本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。したがつて、この点の原告の主張は失当である。
四 よつて、原告らの被告に対する本訴各請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲田龍樹)